長光寺住職、副住職挨拶

合掌 住職挨拶

長光寺住職 小島昭英

長光寺は戦後に父でもある先代が志して僧侶となり一代で築き上げた歴史の浅い小さなお寺です。先代の血のにじむような努力もありましたが、何よりも地域の方々、檀家となっていただいた方々との『ご縁』があって小さいながらも、様々な人々が集う、そんなお寺になりました。そんな中でも最も誇れるのがお釈迦さまのご真骨が安置されている『仏舎利塔』が建立されていることです。これは先代と私とで仏跡参拝で何度も訪れたインド、ネパールで『ご縁』を頂いて『お仏舎利』を釈迦族の寺院より拝戴をしたことが始まりです。こんな小さなお寺ですがお仏舎利をお守りしているという事実は、誇らしく思うと共に、大きな責任も感じます。皆様にもこの「金剛宝珠御仏舎利」の御威光、御利益をいただけますように、寺族一同、皆様のご参拝を心よりお待ちしております。

さて、仏教詩人坂村真民さんの『二度とない人生だから』という詩があります。二度とない人生だからます一番身近な者たちにできるだけのことをしよう貧しいけれどこころ豊かにせっしてゆこうこの生き方こそが、我々が目指すべき生き方ではないでしょうか。『一度きりの人生、二度とない人生を如何にして生きるか!』その永遠のテーマに沿って仏さまのみおしえを示し、よりよい人生を送れるように導いていくのが、我々仏教を弘めるものの務めだと思っております。どうぞお気軽に長光寺にいらして下さい。喧騒を離れた静かで安らぐ別空間で、ネパール伝来の御仏舎利とたくさんの仏さま、そして気さくなお坊さんがあなたのご来参を心よりお待ちしております。


長光寺副住職 小島一洋

祖父でもあり初代住職である先代はお寺出身ではなく、一般家庭の身より志して僧侶となりました。檀家0件から、人々の悩み、苦しみと向き合い、仏さまのみおしえを伝え、当山の基礎をつくりました。そんな祖父の背中を見て育った私はいつの間にか、「将来はじいさんのような、人の為になる、人を導くことができるお坊さんになりたい」と思うようになり、僧侶の道を志すことを高校生の時に決めました。

時は経て、お寺を取り巻く環境も変わってきており、お寺もその時代にあった姿に変えていく必要性をひしひしと感じます。しかし、そういった時代の流れでも変わってはいけないこともあります。私の根幹には『人の為になる、社会に必要とされるお坊さんになる』という先代が遺してくださった熱い想いがあります。そういうお坊さんになれるように、そしてそんなお寺づくりを目指して、これからも日々精進してまいります。

また、葬儀や供養、御祈祷をするだけでなく、お寺という場所は人が集い、出会いがあり、ご縁を結ぶことのできる『楽しい場所』でもあると考えております。 そういったことをもっと発信していき『明るく開かれた皆が集うお寺』を目指して参ります。


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