最近、更新が滞っていました。
理由は、、、人生初の不眠症になってしまったからです。

正直、辛かった、、、。
ブログ、書いている余裕は全くありませんでした。

今回はそんな人生初の不眠症について思うこと、どうやって乗り切ったかを書いていこうと思います。

不眠症なんて自分とは無関係だと思っていた

今思い返せば、私は昔から寝付きだけはよかった。
布団に入り、2−3分で眠りについていたようだ。
自分では布団に入り、気づけばもう朝。
そんな毎日を送っていました。

そんな寝付きのよい私に妻は
「本当に寝付きいいよね。羨ましい。」
と羨ましがっていました。

妻はかなりの不眠症で、たまに夜中に目を覚ますとスマホをいじっていることがよくあった。
「ねれないの?」と尋ねると恨めしそうな顔をして無言で頷いていました。
「夜中にスマホはよくないぞ」
とだけ伝えてお尻を向けて寝ていました。


「可愛そうにな、、、。まあ、私はいつでもどこでも寝れるからな」
と、我関せず的な態度で毎日を過ごしていました。

今思えば、、、最低な態度です。
本当にありがとうございました。

35歳を過ぎてから、、、眠りの質が落ちる

ところが、35を超えたあたりから、、、変化が訪れます。
明らかに夜間に行くトイレの回数が増えました。

要するに夜間頻尿です。

お断りしておきますと、私は基本お酒は飲みません。
夜寝る前にコップいっぱいの水を飲む程度です。

少なくとも夜中に1回、多いときは4−5回は起きていました。
途中で起きてしまうわけですから睡眠の質はガタ落ち。
トータルでは6時間半程度、睡眠時間は確保していましたが、、、。
明らかに日中のパフォーマンスが落ちました。
基本、何をしていても眠かったです。

さらにそれだけ夜中にトイレに行くので家族にも迷惑がかかる、、、。
そんなこんなもあり、少しずつ、夜中に起きてしまうことに対してストレスを抱くようになってきました。

ただ、例え夜中に何度も起きてしまっても、、、。
相変わらず、寝付きの良さだけはピカイチですぐに眠ることができました。
そんな日々が続き、さらに4年の歳月が過ぎます。。。

人生初の不眠症を発症

きっかけは、人生初の入院でした。

入院中は独りです。(個室部屋にて入院していました)
消灯時間は決まってはいますが好きな時間に寝て、好きな時間に起きることができます。
夜中にトイレに起きても誰に咎められるわけでもありません。
おかげさまで毎日8時間ほど寝ていました。

そして、いざ退院すると、、、。
今までの「上げ膳据え膳」のお客さま扱いが一転。

自分のことは基本、全て自分で行わなくてはいけない。
リハビリ時間以外は横になっていたり座って過ごしていた生活からけたたましく動き回る生活へ。
小さい息子たちはおんぶにだっこをせがむ。
今まで迷惑をかけた家族の分も「できることをなにかしなければ!」というある種の脅迫概念に駆られる、、、。

そして、、、。
夜のトイレのストレスや就寝時間、起床時間を家族に合わせること。
さらには、下の子の夜泣き。
それらがすべて一気にのしかかってきました。

そして退院した翌日から不眠症を発症してしまいます。

床に付くのが22時頃、それから一睡もできず早朝の新聞配達のバイクの音(4時頃)を聞いて絶望してから少しだけ眠りにつく、、、という状態。
睡眠時間は多くて2時間程度。
一番少ないときは30分でした。

この苦しみは、、、例えようがありませんでした。

「眠らなくては、、、!眠らなくては、、、!」

そう思えば思うほど、眠れません。
どんどん目が冴えていきます。
ネットに転がっている睡眠法もたくさん試しました。

  • 睡眠導入音楽
  • 呼吸法
  • 夕食後の過ごし方
  • 入浴の仕方の見直し

すべて試しましたが、、、効果はゼロ。
睡眠時間が削られていくので日中の眠さは酷い。
昼夜逆転しないように昼は寝ていません。
しかし、なぜか就寝時、床に入ると目が冴える。頭が冴える。

もう、どうしたらいいか、、、わかりませんでした。
眠れないことが、こんなに、辛いとは、、、。
そして、夜を迎えるのが憂鬱になりました。

不眠症の人がこんなにつらい思いを毎日しているとは、、、。
妻も、こんなつらい思いを、毎日、していたのか、、、。

いよいよ、薬に頼らなくてはならなくなるのか。。。
と週明けに専門医に受信しようと決意して迎えた夜、いよいよ活路を見出しました。

きっかけは「眠れない夜のおいのり」

その晩。
いつもの通り、眠れない。
身体は急速を欲しがっているが、頭はギンギンに冴えている。
床についてから2時間、0時を過ぎたので一度床から出てみる。

そして夜風に吹かれるためにベランダに出てみる。
ベランダから本堂が見える。
仏さまに手を合わせて、お祈りをする。
御題目を唱える。
「どうか、どうか、眠れますように。。。」

その瞬間でした。
雷鳴轟く!
気づく!
圧倒的、気づき!

今回の不眠症の意味!
何か悪いことをした、ではない。
何か障りがあった、ではない。
ストレスだけが、原因ではない!

厄年のこの年に、睡眠の大切さを仏さまから教えてもらったのだ!

「もっと身体を大事にしなさい。」
「当たり前のことを、感謝しなさい。」
「そして、人の苦しみ、痛みがわかる人間になりなさい。」

ああ、、、。そういうことか。。。
これは仏さまが与えてくれた試練だったのか。
仏さまが大切なことを気づかせてくださったのか。

そう考えたら、理解したら、すごく眠くなってきました。

ああ、なんか眠れそうかも。
その前に、、、。

ベッドの上で正座して感謝のお参り。
「ありがとうございました。おやすみなさい。」

その後、、、すぐにストン、と眠りについた事を覚えています。
途中で起きることなく、朝までぐっすり5時間ほど眠れました。

まとめ : 人生の試練には意味がある

その日から、すっかり不眠症は解消されました。
翌日から、いつもの通り眠ることができるようになりました。

そして、本当に大切な事に気づかせていただきました。

ただ、己の境遇を呪うのでなく、
起きてしまったことを嘆くのでなく、
絶望的な状況に打ちひしがれるだけでなく。

人生で起こりうるすべてのこと。
特に、「試練」と呼べるような出来事が起こった時。

「すべての出来事には意味がある」

そう理解することが、そう解釈することが、すごく大切なのだ、と気づきました。

そして、それを教えてくれる、与えてくれる、ほとけ様に対して感謝をする

その理解と感謝の気持ちをもってすれば、試練は乗り切れる。

そう思えた今回の出来事でした。

そして、こう思えたことにも理解できたことにも感謝。

ありがとうございます。

ありがたい。ありがたい。